王室の紋章が刻まれたポストを後に、先へ進みます。
鯉魚門天后廟は、新鮮な海鮮で有名な鯉魚門市場を通り抜けた奥にあります。
鯉魚門市場はまるで迷路の中にたくさんの海鮮のお店がひしめき合っており、これを抜けるとビクトリア湾と対岸のマンション群が見えます。海岸べりの道を東にどんどん進むと突き当たりに天后廟があります。
この辺りの景色は、新安県誌の本で新安八景の中の一つに選ばれており、「鯉魚夜月」と名付けられています。
この天后廟は、この辺りの海賊であった鄭連昌さんによって、1753年に建立されました。
海賊が、天后廟を建立するなんて珍しい事ですが、この鄭連昌さんは、明時代の武将である鄭建さんの子孫で、この鄭建さんは清時代の初めには台湾に移って、打倒清朝の活動を行っていた人です。その後広東省に移り、子孫は生きる為に近所の漁師を集めて海賊になったそうです。普通の海賊ではなかったのですね。
鯉魚門天后廟は、山がせり出している海のすぐ傍に建てられています。廟の傍らには、大きな奇岩があり、地勢がとても悪い場所となっています。
これは、ただ単に天后廟を奉納しているだけでなく、海を行き交う船や官兵の監視の役目をしていたからです。
その意味もあり、廟の傍には、古い大砲が、今でも残っています。
尚、向かい側の香港島にある海防博物館の上から、この鯉魚天后廟の赤い建物が良く見る事が出来ます。
海鮮を食べに鯉魚門へ行かれる際には、こちらまで足を伸ばしてみてはいかがでしょう~!
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2016-02-08 Mon